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2012年のつぶやき

2012年9月のつぶやき

○初心わするべからず
「何で、こんなになってしまったんだろう」
24時間テレビを見ていると、そう思ってしまいます。
「愛は地球を救う」は、2012年で35回目ということです。
働き盛りの40代前後の方ならば、まだ欽ちゃんやピンクレディーがメインで出演していたころを知っていると思います。
今年は誰が走るんだろう、そんなことが毎年の話題になるチャリティー番組とはなんなのでしょう。
『寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を!』
初期の24時間テレビは、このようなことがテーマでした。
今よりずっと身近で、直球勝負の番組だったと思います。
外国の難民キャンプなども映され、腕や足などは骨と皮だけのようで、それでいておなかだけは異様にふくらんでいて、目がじっとカメラを見ている、そんな幼児がテレビに表示されました。
当時小学生だった私の目にも衝撃的で、貯金の一部を持って募金しに行ったこともありました。
食事の時、「これは好き、あれは嫌い」と言っていた自分が恥ずかしくなりました。
調べてみたところ、マンネリ化とさまざまな事情により視聴率が一桁になってしまい、番組の制作関係者がたくさん番組から外れ、制作陣を新しくしたそうです。
そう、長距離マラソンが始まり、エンディングが「サライ」になったときです。
後世に残していきたいような歌も、このあたりでぱったりと途絶えています。
「みんな一本の大きな木、人という名の大きな木」歌われなくなりましたね。
東日本大震災のとき、台湾では急遽、日本のためにチャリティ番組が放送され、複数局で同時生放送をし、そして芸能人が出演料なしで駆けつけたそうです。そのような番組を、地震が起こったこの日本でやったでしょうか。
番組の路線変更で、視聴率は回復したそうです。
でも、それによって大事な何かを失ったのではないかと、昔の24時間の記憶がある私などは、思ってしまうのです。
24時間テレビを始めた、あのころの気持ちを忘れてはいないでしょうか。
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