2005年のつぶやき
2005年2月のつぶやき
○時代とともに変わる節分
節分の本来の意味は、立春、立夏、立秋、立冬の前日のことを言いました。つまり「季節の分かれ目」だったのですね。
鬼を払う、という行事の原型は中国の大儺(たいな)というもので、それは「おそろしい形相の面をつけた呪師が疫鬼をおいはらう行事」だということです。なまはげみたいなものですか?
日本に入ってきたこの行事は、鎌倉時代までは大晦日に行われていました。室町時代の書物に「鬼は外、福は内」ととなえながら豆をまくようになっていることが書かれています。
一般に広まったのは江戸時代で、年齢の数だけ豆を食べる、とか、ヒイラギにイワシの頭をさすなどの行為はこのころに確立されました。
鬼を払う、という行事の原型は中国の大儺(たいな)というもので、それは「おそろしい形相の面をつけた呪師が疫鬼をおいはらう行事」だということです。なまはげみたいなものですか?
日本に入ってきたこの行事は、鎌倉時代までは大晦日に行われていました。室町時代の書物に「鬼は外、福は内」ととなえながら豆をまくようになっていることが書かれています。
一般に広まったのは江戸時代で、年齢の数だけ豆を食べる、とか、ヒイラギにイワシの頭をさすなどの行為はこのころに確立されました。
節分に、恵方(えほう)に向かって巻き寿司をまるかぶりする風習は、主に関西地方で行われていたものなんですが、大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った「巻き寿司のまるかぶり」の行事がニュースなどで紹介されると、全国の海苔業者や食品メーカーが便乗して広めていきました。
バレンタインのチョコや、クリスマスケーキなどの、資本主義経済の流れに乗って国民行事化したもののひとつだったのですね。
バレンタインのチョコや、クリスマスケーキなどの、資本主義経済の流れに乗って国民行事化したもののひとつだったのですね。
このように昔ながらの行事も、時代を重ねると、その時代に合ったように変化していきます。企業も、時代の流れに合わせて変化する必要があるのだと思います。ちょっと節分の話から強引にまとめてみました。
※参考資料: Microsoft(R) Encarta(R) Encyclopedia 2000